DAY 1

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「小さい頃、砂のお城を作るじゃない?あれって繊細な子は入り口をみんな小さく作るのよ」
母がキュウリを包丁でトントンと軽快なリズムで叩きながら言った。

野菜のなかでも、キュウリは小気味良い音がして、特に好きだ。

「きいちゃん、あんたもそういう子だった」
母は続けた。

私は、へーとかそうなんだとか、興味がないことを悟らせるトーンで、慎重に声を発した。
そんな昔のことは思い出せないし、どう転んでもめんどくさい話になりそうだった。

今年の夏もうだるように暑かった。
私は『うだる』の意味が正しく分かっていないけれど、
――ニュースキャスターはその表現が好きなのか、よく使う――
なんとなくその意味が想像出来て、不思議な日本語だと思う。
暑いのが苦手な私は、クーラーをガンガンに効かせた部屋で1日を過ごした。
24℃がマイベスト温度だ。
地球より、まずは自分を大切にしたい。
しかし、人工的な冷気に当たりすぎると、体調を崩してしまいがちだった。
そういう理由で、好きな季節は春と秋に落ち着いた。
窓から入ってくる空気で、生活できるからだ。
通り風を全身に受け、んーっと身体を伸ばすと、
「私は生きてる」
そう実感できた。

ご飯を食べ、うとうとしていると、
ピーヒャラと祭り囃の音が耳に入ってきた。
正午を過ぎてもごろごろしている私に対して、
「おまえは恥ずかしい生き物なんだ」
そう警告されている気がして、なんだかとても嫌な気持ちになった。
被害妄想な自分の思考が嫌という気持ちも少しはあったかもしれない。
混じり気を持った感情が私のなかにあることがとても不快で、
はやく通り過ぎてほしい――そう祈りながらタオルケットを頭まで被った。

2時間程、眠った。
夢の中で、私は車に乗っていて、
「サービスエリアに着いたけど、少し休憩する?」
と尋ねられた。
尋ねた相手は誰だったか、思い出せない。

少し考えて、降りない、と伝えた。
横一列に並んだ車のブレーキランプが煌々と輝いていて、綺麗だった。

そこで目が覚めた。

サービスエリアって何をサービスしているところなんだろう。
ぼんやりとした意識で、そんなことを思った。

母が、
「またあんたはそうやって」
と騒ぎ出したので、私はすぐさまシャットアウトした。
今日は11字でシャットアウト出来たので、心持ちが良かった。
原稿用紙1枚にもなるぐちぐちを聞かされては、こちらの身が持たない。

このあときっとこの人は、
あんたはいつも寝てばっかりとかそういうことを言いたかったんだろうけど、
起きていることと寝ていることに一体なんの違いがあるのだろう、と私は思う。

起きている時間のほうが、寝ている時間より多少は長いんだから、
それくらい許してよ、と私は頭の中で母に反論した。
我ながらよく分からない理屈だ。

昔、『砂の器』というドラマがあった。
何度かリメイクされているのだけれど、
DREAMS COME TRUEの『やさしいキスをして』が主題歌に使われていた時があった。

『報われなくても 結ばれなくても あなたは ただ一人の運命の人』
という歌詞があって、私はそんな人間にはなれないと思ったことを強く覚えている。
報われたいし、結ばれたい。

見返りがある前提での強く愛したいという欲求。
その思いが溢れることがあって、カーッと高揚することがままある。
そんな自分勝手さに、思わず乾いた笑いを漏らした。

ああ、思い出した。
私はみんなから少し離れた場所で、ひとりで砂のお城を作っていたんだ。
翌日、同じ砂場にいくと、私の作ったお城はもうなくて、
静かで整然としていて、得体のしれない恐怖だけが残っていた。

それから私は『壊れてもいい』ものだけを作るようになったのだ。
友達も恋人も同じだった。

結局のところ、私は今でも『砂のお城』に、ひとりで住み続けているのだ。
――その狭い入口が壊れないよう自身の傲慢さで必死に守りながら。